晩秋の光彩 2014年11月 刊発売
2014年11月9日 Profile : the Letters
皆様、おげんきでいらっしゃいますか?
秋もいよいよ深まって参りました。美しい夕映えにいざなわれてヴェランダに出ると、紅に染まった巻雲の織り成す紗幕が青く澄みきった天に懸かり、その狭間から満月に近い十二夜の月が白い輝きを纏いながら東の空に姿を現しました。さながら清楚な名女優の登場といった風雅な趣です。独語の先生に叱られるかも知れませんが、やはり月は der Mond の男性名詞よりも、 la lune と女性名詞の方が私にはピンときます。夕闇に包まれるまでの極く僅かな時間に繰り広げられたスペクタクルは、十一月になると厚い雲が低く立ち込め一月末まで日の光が乏しくなるパリでは、いかにトリコロールの本場といえども、まずお目にかかれない壮麗なページェントでした。
先日、横浜で開かれたアジア音楽祭2014では、日本、香港、韓国、フィリピンの作曲家による作品を演奏し、終演後の打ち上げで、他にも台湾、タイ、インドネシア、ヴェトナム、シンガポール、ニュージーランド、イスラエル等々多くの国の作曲家と懇談を楽しみました。その席のショート・スピーチでも申しましたが、「言葉の制約に縛られない音楽はユニヴァーサルで容易く人を結び付けられる」という言葉を、このような国際的な会では宣伝文句かスローガンの如く、しばしば耳にいたします。しかし、音楽は本来全く個人的でローカルな香りも強いものですから、問題はそう単純ではありません。各音楽家が、己の個性や民族としてのアイデンティティーをとことん掘り下げ、人間存在の本質といった底辺に達してこそ、初めて世界共通語となり、人々の共感を呼ぶのです。皮相的で受けを狙っただけの中途半端なエンターティンメントにならないよう、自戒の念を新たに致しました。
今後共、御教示、御鞭撻のほどをよろしくお願い申し上げます。
東京にて、2014年11月
矢崎 彦太郎